作曲家の筒美京平さんが10月7日に、

誤嚥性肺炎により80歳で死去していたことが判明しました。

筒美京平さんはレコード会社勤務から作曲家になり、

尾崎紀世彦さん「また逢う日まで」、太田裕美「木綿のハンカチーフ」、

ジュディ・オングさん「魅せられて」など数々のヒット曲を手掛けてきましたが、

実は、みなさんご存じの大物アイドル二人に対して、楽曲提供していなかったのです!

なぜなのか知りたいですよね!

それで今回は、そんな筒美京平さんが楽曲提供しなかった大物アイドル

楽曲提供しなかった理由がヤバイについてまとめてみました。

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筒美京平が楽曲提供しなかった大物アイドルは?

「また逢う日まで」「木綿のハンカチーフ」など、

世代を超えて親しまれる名曲の数々を生み、

昭和の歌謡曲黄金期を支えた作曲家・筒美京平さんが

7日午後3時ごろ、誤嚥性肺炎のため東京都内の自宅で

死去したことが12日、分かった。80歳だった。

1980年代アイドルへの楽曲提供が有名な筒美さんは、

多くのヒット曲を連発したが、聖子と明菜の2大アイドルは、

なぜか〝筒美ソング〟を歌っていない。そのワケは――。

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/6eaef151fc07e77661ac969147ebb0c88d56e863

筒美京平さんについての動画ではこちら↓

筒美京平さんがもし松田聖子さんや中森明菜さんに楽曲提供していたとしたら

今も素晴らしい曲として語り継がれていたでしょうね!

筒美京平が楽曲提供しなかった大物アイドルについてのネットの声は?

●松田聖子さんの場合は筒美さんの代わりに松本隆さんのバンド仲間だった

大滝詠一と細野晴臣さんや松任谷正隆さんと松任谷由実さんご夫妻を起用出来たのだから、

これはこれで良かったのだと思うね。

●アイドルとして別格だった聖子 明菜に提供しなくて良かったと思う、

歌おうと思えばカバーでもいいんだし

●筒美さんは、その時代の申し子。でも松田聖子や中森明菜に楽曲提供していたら

どんな曲が誕生していたか、確かに興味はあるよね。

●ザ、歌謡曲 時代を意識した曲作りでした まさに歌謡界のど真ん中にいた人

どんだけ稼いだんだろうでも 作りづつけたすごさ

●古き良き時代のプロフェッショナルって感じ。

全部が全部筒美京平さんの曲でなくても良いと思います。

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筒美京平が楽曲提供しなかった理由は?

なんと筒美京平さんが楽曲提供しなかった大物アイドルは、

あの昭和の80年代のスーパーアイドルの松田聖子さんと中森明菜さんのお二人です!

松田聖子さんのデビュー曲「裸足の季節」や続く

「青い珊瑚礁」を収録したファーストアルバム制作の際、

筒美さんにもオファーしたという事だったのですが、

当時、筒美さんはあまりにも売れっ子すぎて

順番待ちが多くて断念したようです。

中森明菜については、デビュー曲の「スローモーション」の作詞・作曲は、

当時新進気鋭の来生えつこ・たかお姉弟が担当しました。

当時の明菜さんはいわゆるメジャーな作曲家ではなく、

若くて新鋭の作家陣をあえて起用していたので、

筒美さんの曲は歌っていなかったのでとても残念ですね。

筒美京平が楽曲提供しなかった大物アイドルは? 楽曲提供しない理由が衝撃的?まとめ

筒美京平さんのヒットメドレーはこちら↓

今回は、筒美京平さんが楽曲提供しなかった大物アイドルや

楽曲提供しない理由がヤバイについてまとめてみました。

正直な話一度、筒美京平さんが手掛けたシングルを歌う、

松田聖子さんと中森明菜さんを聴いてみたかったですね!

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