三原舞依の持病は難病だった!発病はいつからでどう克服した?

2022年11月12日に行われたグランプリ(GP)シリーズ第4戦英国大会で初優勝を飾った三原舞依選手は、

GPファイナルは初出場でしたが逆転でファイナル初優勝を果たし話題になっています。

「何度も逆境を乗り越えたシンデレラガール」というキャッチコピーにもあるように、

三原舞依選手のこれまでは、持病との闘いで何度も大きな壁が立ちはだかり、

とても苦労されていたようでした。

それで今回は、 三原舞依選手の持病が難病だったことや

発病はいつからどう克服したのかについてまとめてみたいと思います。

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三原舞依の持病は難病だった!

三原舞依選手の持病は、「若年性特発性関節炎(若年性リウマチ)」 という難病を患っていました。

「若年性特発性関節炎 (若年性リウマチ) 」についてですが、

若年性=16歳未満、特発性(とくはつせい)=原因不明の意味で、16歳未満の子どもさんに発症した6週間以上続く

(=慢性)関節の 炎症 を若年性特発性関節炎と呼びます。

16歳未満の子供の1万人あたり1人にみられる病気で、遺伝性はない原因不明の難病です。

様々な病型に分けられているようですが、症状としては、関節炎や2週間以上続く発熱、皮膚の発疹、全身のリンパ節の腫れ、

肝臓や脾臓の腫れ、漿膜炎などがあるようです。

三原舞依さんの場合は「小関節型」といわれるタイプで、主な症状は両膝の激痛だったようで、

フィギュアスケートに大切な膝に出る痛みは、かなりつらかったのではないでしょうか!

病気が進行すれば関節が破壊され、機能を果たせなくなるということで、

一般人はもちろんですが、スポーツ選手にとっては競技人生を終わらせてしまうかもしれない病と言えるでしょうね。

三原舞依の持病発症の時期は?

2015年に三原舞依選手は、膝が痛くなり「怪我かな」と思いテーピングをして、

痛みをこらえて全日本ジュニア、ジュニアGPファイナルに出場しましたが、

それぞれ8位、6位の結果だったそうです。

帰国後、病院で診察を受けたところ「若年性特発性関節炎」と診断されました。

すぐに入院して治療に入りましたが、膝に水が溜まって足が曲がってしまって上手く動かず、

特にショートプログラムの後に足がまったく動かなくなるほどの

状態だったということで、本当に不安だったとの事のようでした。

退院後も起き上がるにも苦労する状態で車いす生活を余儀なくされており、

大きな不安を抱く中、きっとインタビューには答えきれない辛さもあったと思いますが、

前向きにスケート復帰を目指す強い意志は本当に素晴らしいですよね!

成人期になっても約6割の患者は通院・治療が必要な状態であり、

全体としておよそ8000人程度の患者がいるという難病の病気に負けずに闘う三原舞依さんの姿は、

同じ病気と闘う子供や成人した大人たちにも、大きな勇気を与えたことでしょうね!

三原舞依の持病発症からどう克服した?

2016年から彼女の復活と休養を繰り返す若年性特発性関節炎との闘いが始まり、

病院のベットの上や、車いす生活を余儀なくされていた中で、

テレビで他のスケート選手の演技を見るのは、かなり辛かったのではないでしょうか。

スケートに戻れるかどうか不安な中で、好きなスケートを絶対に諦めないで

自分で自分を信じてみようという強い気持ちで、毎日のリハビリに励んでいたようです。

治療が順調に進んで、2016-2017シーズンでは、闘病生活により約5カ月のブランクがある中での、

シニアデビュー戦という状況ながらも、復帰後初のフィギュアグランプリシリーズのアメリカ大会で3位を獲得します!

それからは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでの快進撃が続き、

一年前に病室で不安な思いの中で観戦した全日本選手権では3位になり、

四大陸選手権では優勝して、世界選手権5位などの快挙を成し遂げました。

四大陸選手権優勝に関しては、国際大会での合計200点超えは日本人選手としては、

浅田真央、安藤美姫、宮原知子に次いで4人目の達成者との快挙となりました。!

車いす生活から数か月でこの快挙を成し遂げられるなんて、並大抵の努力じゃ叶えられなかったはずです。

純粋で強靭な精神力を持っている選手なんだなと、心から感動しました。

大変なことをしっかりと乗り越えていく過程だからこそ

スケートができる喜びをより深く味わえるのでしょうね。

大好きなスケートができないという辛く苦しい時期を経験している

三原舞依選手だからこそ発揮できる強さの秘訣なのかもしれませんね。

2019年夏より体調不良の為に欠場!

その後も活躍を続けていた三原舞依さんですが、2019年夏頃より体調不良の為、

7月以降のアイスショーへの出演を取りやめて休養に入ります。

同年秋に入っても体調が万全には戻らず練習が積めない状況により、10月の近畿選手権を始め、

2019-2020シーズンの競技会(第88回全日本選手権・四大陸選手権・世界選手権等)も、全て欠場されました。

若年性特発性関節炎の長期の炎症が原因で栄養障害になってしまうことがあり、

三原舞依さんはその影響で痩せてしまっていたのだと言われています。

三原舞依選手のコーチである中野園子さんも、

「拒食ではなく、身体が栄養を吸収しない状況。食べてはいる」とコメントしています。

食べても栄養が吸収されないと、体力もエネルギーも作り出せないので、

練習どころじゃなくなってしまい、関節の動きだけでなく摂食にも影響してくる本当に難しい病気と闘っているんですね。

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2020年に競技会へ復帰!

2019年の1シーズン全試合欠場の休養を経て、2020年10月3日の近畿大会にて、

なんと566日ぶりの競技会復帰を果たしました!

復帰戦になった11月のNHK杯で4位、全日本選手権では5位となり、

2021年10月中旬のアジアントロフィーで優勝に続き、

グランプリシリーズカナダ大会とイタリア大会では4位となりました!

とても1シーズン全試合欠場していたとは思えない程の好成績で返り咲きました。

「壊れそうなほどに限界まで練習をする」 と周りから心配される

三原舞依さんのストイックさが凄いですね。

北京オリンピックと世界選手権出場は逃しましたが、

2022年1月に行われた四大陸選手権を制覇しまして

そして2022年11月12日に行われたグランプリ(GP)シリーズ第4戦英国大会で初優勝と、

完全復活だけでなく、グランプリファイナルで初出場で初優勝と言う快挙まで成し遂げてくれました。

これは本当に奇跡と言うほどの快挙ではないでしょプか。

三原舞依の持病は難病だった!発病はいつからでどう克服した?まとめ

今回は、 女子フィギュアスケートの三原舞依選手の持病が難病だったことや

発病はいつからでどう克服したのかについてまとめてみました。

何度も困難を乗り越えてきた三原舞依選手ですが、

坂本選手と共に、これからの女子フィギュアスケート界を、

引っ張っていく存在になるでしょうからこれからも応援したいと思います。

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