沢田研二の若い頃がイケメン過ぎ?現在とのギャップが衝撃的?

歌手の沢田研二さんは、映画『キネマの神様』で志村けんさんの代役として、

映画初主演を果たして話題になっていますが、

今の若い人は、ご存知ないかと思いますが、沢田研二さんと言えば若い頃は

イケメンで人気抜群でした。

それで今回は、そんな沢田研二さんの若い頃がイケメン過ぎ?

現在とのギャップが衝撃的?という事についてまとめてみたいと思います。

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沢田研二の若い頃がイケメン過ぎ?

田研二さんの若い頃、まだ高校生だった沢田研二さんは、

京都のダンス喫茶「田園」でドアボーイのアルバイトをしている時に声をかけられ、

17歳の沢田研二さんはローディー兼ボーカリストになりました。

そのステージを見ていた岸部一徳さんから沢田研二さんはリード・ボーカルとしてスカウトして、

翌年に「サリーとプレイボーイズ」に正式加入し、

その後グループ名は「ファニーズ」と改められました。

当時の動画はこちら↓

1966年12月、沢田研二さんは、岸部一徳さんとのメンバーの「ファニーズ」は東京に進出する時に

「ザ・タイガース」と名前を変えます。

なんと大阪から来たから「タイガース」と名づけられたそうです。

そのまんまでわかりやすいですね。

沢田研二のプロフィールは?

名前    澤田 研二

生誕    1948年6月25日(71歳)鳥取県鳥取市

出身地   京都府京都市

学歴    京都府立鴨沂高等学校中退

血液型   A型

身長    171センチ

そして1967年2月に「僕のマリー」でレコードデビュー。

これは今一つヒットしませんでしたが・・・

1967年5月、2枚目のシングル「シーサイドバウンド」が40万枚の大ヒットとなり、

テンプターズと並ぶ、グループサウンズの人気バンドとなりました。

グループサウンズ全盛が下火になり、1970年にザ・タイガースは解散します。

沢田研二さんは、翌年のの1971年11月にシングル「君をのせて」でソロデビューします。

その後はソロ歌手としても大成功されました。

動画はこちら↓

まさに昭和が生んだスーパースターと言えるでしょうね。

沢田研二の若い頃に対するネットの声は?

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現在の沢田研二のギャップが衝撃的?

若い頃の動画はこちら↓

確かに誰でも年は取りますが、沢田研二さんの若い頃がイケメン過ぎて

その為かギャップが大きかったようですね!


それでもファンにとっては、現在でもあの時のジュリーの面影が忘れられないようですね!

沢田研二の若い頃がイケメン過ぎ?現在とのギャップが衝撃的?まとめ

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今回は、沢田研二の若い頃がイケメン過ぎ?現在とのギャップが衝撃的?についてまとめてみました。

全盛期の沢田研二さんの活躍は、歌唱力・楽曲・演出において全てがずば抜けていました。

現在の沢田研二さんも現役で精力的に活躍中のようです。

これからもお衰えの知らない歌声を聞いてみたいですね。

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